オウムの火消しは仏の慈悲

雪山に大きな竹林があった。そこにはたくさんの動物たちが仲良く住んでいた。その中に一羽のオウムがいた。
ある日、大風が吹き、竹どうしが摩擦をおこし火がおこった。大竹林は火炎地獄と化し、動物たちは恐れ逃げ道を失い、今まさに火に呑み込まれようとしていた。一羽のオウムは、何とか動物たちを助けようと、近くの池で体を水で濡らし、燃え盛っている大竹林の上空へ飛んでいきその水をかけ、何度もそれを繰り返した。
そのオウムの心に帝釈天の宮殿が大きく揺らいだ。何事かと驚いた帝釈天は、天眼をもって娑婆世界をご覧になった。なんと大竹林が火災となっており、それを一羽のオウムが消そうとしていた。帝釈天はオウムのそばに赴き、「その体についた僅かの水でどうしてこの大火災を消すことができよう」と諭した。するとオウムは「私にどこまでも慈悲の心があれば、休まず水をかけ続け、必ずこの火災を消し止めることができます。もし、今生でできなければ、生まれ変わって、来世において必ず消し止めます」と。帝釈天はこの心を知り、その志に感応して、オウムのために大雨を降らし、大竹林の火災を消し止めたのであった。
その時のオウムは釈尊であり、大竹林の動物たちは印度の村人たちであった。オウムからの強い願いを受けた動物たちはその後生まれ変わり、迦葉仏という仏様の弟子となり受戒を受けたと説かれている。御受戒の功徳は深く人の命に刻まれ失われず、必ずや仏様との結縁となり成仏に導かれるのである。(雑宝蔵経巻第二)
大聖人は「末代悪世には不孝の者は大地微塵よりも多いが、祇園精舎の金鳥(仏様)は子のために火に入る」(御書1504 趣意)と仰せになられた。仏様(親)は、私ども(子)のために命を懸けてお護りくださるのである。大聖人の命をかけられた大法難の数々はまさに私たちを救わんとの御本仏のお舞いである。世の人々は大聖人の御法魂たる大御本尊への帰命、その信心によって真実の幸福と成仏が叶う。そして御本尊への確信から折伏の一歩がある。大聖人の慈悲を知り、その恩に報いる下種活動に励み、縁ある人々をこの仏法に導く、これこそが人生の喜びとし立ち上がろうではないか。
