仏も悦び神も喜ぶ給仕は折伏

雪山の寒さの中、栖を作らないまま生涯を終える「寒苦鳥」の話がある。寒苦に責められるこの鳥は、夜が明けたら栖を造ろうと鳴く。しかし日が出て暖かくなると眠り忘れ、栖を造らずを繰り返し、一生虚しく鳴いて生涯を終える(御書 1457)。

この寒苦鳥はどこにいるのか。それは雪山ではなく麓の人間界にいると説くのである。仏道に必要な「活動充実」を図るには、この寒苦鳥の戒めを真摯に受け止めるに尽きる。さらにいえば我慢・偏執を捨てて信心即生活を貫くことである。

大聖人は、成仏を妨げる煩悩を幸福境界に転ずる方途は、仏様へのお給仕によって得られ、その心は妙法を唱える信心にあると仰せになった(御書 1757 趣意)。三宝(仏法僧)に身を賭し唱題に励み、折伏をなすことが仏様の遣いとしての振舞いなのである。仏も悦び、神も喜ぶ妙法弘通のお役に立っていくところ、我が人生も講中も共に歓喜に包まれる。

本年の活動充実は、一人一人の信心に向かうその決意にかかっている。信心歓喜の中、今を大切に精進することを願うものである。

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