2022年

法遍寺講中の皆さまへ
命は一身第一の珍宝と知る仏道

わが命、身体も頭も心も、どれほど何に使っているかと問われると、小生なぞそのごく一部をかつ浅く用いているだけと恥じるしかない。 大聖人は病弱な富木殿の妻、尼御前に対し激励された。「法華経は定業の病すら治す。命は一身の第一の […]

続きを読む
法遍寺講中の皆さまへ
憶持不忘(おくじふもう)の信心

歳を重ねると、困ったことに三歩で忘れることがある。 四条金吾は大聖人のお弟子の日昭に言った。「法華経に説く『現世は安穏にして後生は善処に生まれる』を承り、仰せのように信心を続けてきたが、大難が雨のように振ってきた」(御書 […]

続きを読む
法遍寺講中の皆さまへ
修羅(シュラ)の心は…

修羅(シュラ)の心は「諂曲」(テンゴク)といい、へつらい曲がった精神で、他に勝る執念が絶えず、勝てば誇り、負ければ恨む。十界のうち、地獄・餓鬼・畜生に続く生命の状態である。これを四悪趣(シアクシュ)といい、煩悩・業・苦の […]

続きを読む
法遍寺講中の皆さまへ
「俺の目を見ろ…

「俺の目を見ろ、何もいうな」などという男らしい言葉を使ってみたい。姿や振舞いに現れる様を「如是相」という。夫婦の目はなぜか似ている。実に不思議である。 大聖人は妙法尼という強信者に対し、次のような御指南をされた。「人の身 […]

続きを読む