2022年

法遍寺講中の皆さまへ
自縄自縛(じじょうじばく)

自縄自縛(じじょうじばく)という言葉がある。自分のことばや行動のために身動きできなくなり苦しむことである。 仏法では、悪業の因縁によって三界六道の世界に生まれて常に苦悩することを「生死」(しょうじ)と説く。逃れようとして […]

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法遍寺講中の皆さまへ
あらゆる分野で…

あらゆる分野で「師匠」がある。大聖人は「たとえ父母が子を生み、その子に眼と耳が備わっていても、物を教える師匠がいなければ、それは畜生の眼や耳と同じとなる」(御書1233頁 趣意)と仰せである。 仏法が説く我々の十界の生命 […]

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四条金吾殿は主君の…

四条金吾殿は主君の江間光時を折伏したことなどにより、数年にわたり出仕停止や領地没収などの苦境に立たされた。 しかし結果として以前にも増す信頼を主君から得ることとなった。主君に忠義を貫き、大難に敢然と立ち向かい、決して妙法 […]

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私たちには自身を…

私たちには自身を益することのみを思い、言い、行なう側面がある。 大聖人は南条殿に自らのご生涯を顧みられ「日蓮生まれし時よりいまに一日片時もこころやすき事はなし。此の法華経の題目を弘めんと思ふばかりなり」(御書 1361頁 […]

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