法遍寺講中の皆さまへ

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他界された方への真心は妙法により運ばれる

誰もがその胸に、他界された方へ届けたい心を持つ。 大聖人は、妙心尼の亡き夫への追慕の情と、亡き夫からこの世に残してきた妻子への思いをつなぐ絆を中国の故事で例えた。 ある夫が妻とやむなく離別の際、鏡を二つに割り、片方の鏡に […]

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確信の題目を唱え、心中の蓮華を育てよう

人はみな、認められ、尊重されたい生き物である。 第九世日有上人は、百二十一箇条からなる「化儀抄」の第一条に、「たとえ信者の中に物事の道理が分からず礼儀に欠ける人があっても、僧侶は、その人の心中を哀れに思い寛恕(かんじょ) […]

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日々弛まぬ信心のもと、妙法広布のお役に立とう

道歌に「気もつかず 目にも見えねどいつとなく ほこりのたまる袂なりけり」とある。気がつかず蓄積することの怖さを言い表したものである。 大聖人は「月々日々につよ(強)り給へ、すこしもたゆ(弛)む心あらば魔たよりをう(得)べ […]

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法遍寺講中の皆さまへ
真心の唱題で仏の慈悲に報いる境界を築く

人は褒められるような功績があるとつい有頂天になる。大聖人はご自身には「三度のこうみょう(高名)あり」(御書867)と仰せになった。このお言葉は、三度にわたる国家諫暁にて、幕府の内乱や蒙古襲来などをすべて的中させたことをさ […]

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