法遍寺講中の皆さまへ

法遍寺講中の皆さまへ
仏道は報恩の道と知ろう

恩を感じても、それに報いることは難しい。たとえその気持ちがあっても、それを形に表せないことも多分にあろう。時すでに遅しの場合もある。昔、ある国の王様が草の上で寝ていると、白い烏(からす)が飛んできて突き、蛇が王を咬もうと […]

続きを読む
法遍寺講中の皆さまへ
妄心を払い一人を折伏しよう

孝養とは親を養い孝行することである。仏教では、孝養の最高位を「回向(えこう)」と説く。親が存生であれば息災延命を祈り、他界した親には自身が積む妙法の功徳を廻し向け、成仏の境界に住まわせるのである。誰しもが親をもつ。肝に銘 […]

続きを読む
法遍寺講中の皆さまへ
一生成仏がかなうご登山

南条時光殿は二十二歳の時、命にかかわる病を患い一族の大きな憂いとなった。その報せに大聖人は一通のご消息をしたためられ、重大なる法門を示されると共に、当病を克服し、「是にて待ち入って候べし」(御書1569~1570)と身延 […]

続きを読む
法遍寺講中の皆さまへ
人のに働きかける助縁となろう

我々は本当に大切なものが見えない衆生である。無明(むみょう)という、前世から引き継いだ分厚い煩悩に覆われているからである。大聖人は、謗法に染まる衆生がその害毒を知らず、歪んだ眼のゆえに法華経を正視できないことを「天空の遠 […]

続きを読む