法遍寺講中の皆さまへ

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憶持不忘(おくじふもう)の信心

歳を重ねると、困ったことに三歩で忘れることがある。 四条金吾は大聖人のお弟子の日昭に言った。「法華経に説く『現世は安穏にして後生は善処に生まれる』を承り、仰せのように信心を続けてきたが、大難が雨のように振ってきた」(御書 […]

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修羅(シュラ)の心は…

修羅(シュラ)の心は「諂曲」(テンゴク)といい、へつらい曲がった精神で、他に勝る執念が絶えず、勝てば誇り、負ければ恨む。十界のうち、地獄・餓鬼・畜生に続く生命の状態である。これを四悪趣(シアクシュ)といい、煩悩・業・苦の […]

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「俺の目を見ろ…

「俺の目を見ろ、何もいうな」などという男らしい言葉を使ってみたい。姿や振舞いに現れる様を「如是相」という。夫婦の目はなぜか似ている。実に不思議である。 大聖人は妙法尼という強信者に対し、次のような御指南をされた。「人の身 […]

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自縄自縛(じじょうじばく)

自縄自縛(じじょうじばく)という言葉がある。自分のことばや行動のために身動きできなくなり苦しむことである。 仏法では、悪業の因縁によって三界六道の世界に生まれて常に苦悩することを「生死」(しょうじ)と説く。逃れようとして […]

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