油断のない信心と生活

「油断」は大敵である。この聞き慣れた言葉を知りつつも、つい油断してしまうのが我ら凡夫である。「油断」の語の起源は仏典からなり、神仏に捧げる灯火のための油をこぼさぬよう注意を払う戒めからなる。

大聖人は、外敵から命を奪われることのない師子が、身中に寄生した虫により命を落とすこと(師子身中の虫)を例とされ、「外敵から破られない仏法が、仏弟子によって破られる」(御書579頁 趣意)と仰せである。

「身中の虫」が講中や個人の信心を破ることの恐れを忘れてはならない。私たちは皆、広宣流布の大業に精進し、育成をはかる使命と目的を持つ尊い人材である。各人が善知識となり信心姿勢を向上せしめることが大切である。信心姿勢に油断があってはならない。そして自分には甘く、人に厳しくあってはならない。どこまでも我情からなる身中の虫を破り、その身心を下種の仏たる日蓮大聖人に任せる決意を持つ、ここに絶対の幸福がある。信の上に立つ行学の二道を日々に磨きつつ、和党の皆で妙法流布に立ち上がろうではないか。

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