法遍寺講中の皆さまへ
御本尊へのお給仕は信心の原点

小さなことの積み重ねは人の相に表われます。日蓮大聖人は、富木殿に宛てられた御書に、「仏の名を唱へ、経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも、皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり」(御書46)と仰せです。「仏の […]

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色心二法で唱える妙法の信仰

日蓮大聖人は、佐渡に配流される前日、先より土牢に幽閉され、寒さと空腹に耐える日朗に対し、「人は法華経を口で読むが心で読まず。心で読んでも身では読まず。しかし、あなたは色心二法の尊いお方である」(御書4 8 3 趣意) と […]

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我が仏性をよび顕す口唱の題目

誰もが元々もっている仏の命を仏性という。これは花を咲かせていない時の桜の木と一緒で、見えはしないが全ての生き物に内在している。 このことを仏様は「正因(しょういん)仏性」と名づけた。その仏性の姿は大聖人によって「御本尊」 […]

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法遍寺講中の皆さまへ
魔を打ちやぶる唱題に徹しよう

我々の生活から四苦八苦は離れない。信仰が甘い人は、嫌なことがあると、すぐに疑いを持つ。法華経に説く「魔」とは成仏をやぶる働きである。嫌なことどころの話ではない。 大聖人は、信心の甘い池上宗長に仰せになった。「千年の苅茅( […]

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