法遍寺講中の皆さまへ
我が仏性をよび顕す口唱の題目

誰もが元々もっている仏の命を仏性という。これは花を咲かせていない時の桜の木と一緒で、見えはしないが全ての生き物に内在している。 このことを仏様は「正因(しょういん)仏性」と名づけた。その仏性の姿は大聖人によって「御本尊」 […]

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魔を打ちやぶる唱題に徹しよう

我々の生活から四苦八苦は離れない。信仰が甘い人は、嫌なことがあると、すぐに疑いを持つ。法華経に説く「魔」とは成仏をやぶる働きである。嫌なことどころの話ではない。 大聖人は、信心の甘い池上宗長に仰せになった。「千年の苅茅( […]

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正直なる仏法で人を導こう

仏様の本意のことを「正直なる教え」といい、これは「妙法の教え」に尽きる。御書に「仏と申すは正直を本とす」(359頁)と示される通りである。真っ直ぐな信仰とは如何なる姿か。 ことわざに「木、縄に従えばすなわち正し」とある。 […]

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「仏の三徳に応える信心」

大聖人が流された涙の意味を考えるだろうか。諸法実相抄には「鳥と虫は鳴くが涙は落ちない。日蓮は泣かないが流す涙に暇はない」(御書667 趣意)と示される。涙にも色々あるが、それら世間の涙は四大海の水よりも多い。しかし妙法を […]

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