法遍寺講中の皆さまへ
正直なる仏法で人を導こう

仏様の本意のことを「正直なる教え」といい、これは「妙法の教え」に尽きる。御書に「仏と申すは正直を本とす」(359頁)と示される通りである。真っ直ぐな信仰とは如何なる姿か。 ことわざに「木、縄に従えばすなわち正し」とある。 […]

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「仏の三徳に応える信心」

大聖人が流された涙の意味を考えるだろうか。諸法実相抄には「鳥と虫は鳴くが涙は落ちない。日蓮は泣かないが流す涙に暇はない」(御書667 趣意)と示される。涙にも色々あるが、それら世間の涙は四大海の水よりも多い。しかし妙法を […]

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「道を見失うことのない信心」

ひとりの愚者が成仏の道に迷い、種々の疑問を懐き、仏法の聖者に尋ねた。聖者は一つひとつ懇切丁寧に解答をなし、成仏の道を詳しく示し、愚者の迷いを晴らした。愚者は聖者に「今身より仏身に至るまでこの信仰を退転しません」(御書40 […]

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「唯一絶対の御本尊を信じきろう」

世の因果応報の姿に同じく、我々の成仏は信ずる本尊により決定する。正しき本尊は、これを信仰受持するすべての人々を差別なく成仏と幸福に導く。「本尊とは勝れたるを用ふべし」(御書1275)とは「本尊問答抄」のお言葉である。この […]

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