法遍寺講中の皆さまへ
修羅(シュラ)の心は…

修羅(シュラ)の心は「諂曲」(テンゴク)といい、へつらい曲がった精神で、他に勝る執念が絶えず、勝てば誇り、負ければ恨む。十界のうち、地獄・餓鬼・畜生に続く生命の状態である。これを四悪趣(シアクシュ)といい、煩悩・業・苦の […]

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「俺の目を見ろ…

「俺の目を見ろ、何もいうな」などという男らしい言葉を使ってみたい。姿や振舞いに現れる様を「如是相」という。夫婦の目はなぜか似ている。実に不思議である。 大聖人は妙法尼という強信者に対し、次のような御指南をされた。「人の身 […]

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自縄自縛(じじょうじばく)

自縄自縛(じじょうじばく)という言葉がある。自分のことばや行動のために身動きできなくなり苦しむことである。 仏法では、悪業の因縁によって三界六道の世界に生まれて常に苦悩することを「生死」(しょうじ)と説く。逃れようとして […]

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あらゆる分野で…

あらゆる分野で「師匠」がある。大聖人は「たとえ父母が子を生み、その子に眼と耳が備わっていても、物を教える師匠がいなければ、それは畜生の眼や耳と同じとなる」(御書1233頁 趣意)と仰せである。 仏法が説く我々の十界の生命 […]

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