家族の中、広布を担う一人の自覚

「絶対的利他」という言葉がある。簡単にこれを表現すれば、母性愛として子供を思う母の愛情である。飲まず食わずの母親が、子供に乳を与える行為、これこそが絶対的利他である。この利他愛は自らの行為に報酬を期待しない。自慢や執着もない慈悲の究極の姿である。
大聖人の折伏のご化導はこの愛情に尽きる。

我々にとって一番近い折伏の対象者は家族である。身内はかえって折伏が難しいといわれる。しかし、しなければいつまで経っても家庭の広布、法統相続を成し遂げることはできない。家族は仲良くすることが肝心である。そうでなければ信仰の対話もできない。自らが毅然と「信心即生活」の姿を示し表す。これが折伏のまず一歩であろう。慈悲から学ぶ親切心、報恩から学ぶ感謝の心、信心による生活をしていく。正法の素晴らしさを自らが実行する。その実行とは自利と利他の振舞いである。

大聖人は仰せになった。「親によき物を与へんと思ひて、せめてやる事なくば一日に二三度え(笑)みて向かへとなり」(御書921頁)と。信心とは人の振舞いである。家族の中、広布を担う一人の自覚に立とう。

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