難を克服することは幸福の源

 この人生、眺める風景に差はあれども、山もあれば谷もある。仏は「三界は安きこと無し、猶火宅の如し」(法華経168)と説かれた。そもそも我々の生活は火宅の中にいるようなものである。信心の妨げとなる難も起きる。「魔」が様々な形で現れ、仏道修行を妨げるのである。何か重大な局面に遭遇すると右往左往するのが人間であろう。人は幻を追いかけ、本当に大切なものが見えない。御本尊の基に自身があるとの自覚があれば、「四苦」を離れた「遊楽」の境界を得るのである。御本尊に向かい真剣に勤行・唱題をなす以外にこの境界を得る手段はない。


大聖人は仰せになられた。「留難(るなん)を打ち破る秘術は、ただ南無妙法蓮華経以外にない」(御書1194 趣意)と。大御本尊との境智冥合は即身成仏の大利益である。我々の無始の罪業を菩提の徳に変えてくださる。これすなわち宿命の転換である。信心の継続は、留難を打ち破る罪障消滅の道であることを忘れてはならない。絶対なる御本尊に題目を唱え、難を乗り越えるところに人生の充実と深い感動が与えられるのである。

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