南条時光殿は二十二歳の時、命にかかわる病を患い一族の大きな憂いとなった。その報せに大聖人は一通のご消息をしたためられ、重大なる法門を示されると共に、当病を克服し、「是にて待ち入って候べし」(御書1569~1570)と身延の大聖人の元へ参詣するよう促された。その後、時光殿はこの難局を乗り越え、これより後五十数年もの寿命を得、大石寺を建立する大檀那となられたのである。
大聖人は当抄において、釈尊より霊山にて相伝した一大事の秘法たる妙法を、我が胸中に所持する本仏の境界を示された。その人法一箇のご法体は仏の根源にして戒壇の大御本尊とあそばされ、今、富士大石寺に安置されているのである。
日寛上人は「(大聖人の御魂は)一器の水を一器に移すように、清浄の法水として断絶することなく今に至る。日蓮大聖人の心月はここに移っている故に、大聖人はこの富士(大石寺)に住む」(聖典1052 趣意)と仰せになった。総本山大石寺こそが末法の霊山である。一々の登山参詣を大切にしていくことが一生成仏の道であることは間違いない。「懈怠」という病魔に犯された我が身を奮い起こそうではないか。
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