仏道は報恩の道と知ろう

恩を感じても、それに報いることは難しい。たとえその気持ちがあっても、それを形に表せないことも多分にあろう。時すでに遅しの場合もある。昔、ある国の王様が草の上で寝ていると、白い烏(からす)が飛んできて突き、蛇が王を咬もうとするを知らしめた。難を逃れた王はこの恩に報いようと、臣下たちにその烏を捜索するよう勅したが、ついに発見できず、王は代わりに黒い烏に施しをなしたという。受けた厚志への感謝を世人に報ずる、これも立派な恩返しなのである。


大聖人は「白烏の恩をば黒烏に報ずべし」(御書 630頁)と仰せになった。白烏(はくう)は仏であり、黒烏(こくう)とは一切の衆生である。人生において、結縁の人への下種・折伏は、仏の恩を報ずる尊い振舞いなのである。傲慢な者は仏の恩を知ることができず、自ら功徳の源を手放してしまう。素直な信心のところには必ずや仏の心が宿る。そしてその心は自らを飾るのである。我々はその宝を広宣流布という法施の振る舞いに表そうではないか。

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